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仕事と恋愛の反比例

私も春が来たら、もう30になる。
こんな年齢になって恋愛だのと、言っている場合ではない。
なのに私の人生は相変わらず先が見えず、ぼんやりしたままだ。

この長い年月の間で、私は否定できないジンクスを自覚してしまった。
私はどうやら、仕事と恋愛は反比例するらしい。
男が近くにいない方が、仕事がうまくいく。

ミニピンと一緒に仕事をしなくなり、距離が離れてから始めた、私が担当のプロジェクトがある。立ち上げたいという提案を上司にしたのも私なら、上役から予算を取るためにプレゼンしたのも私。私一人でやってきたプロジェクトだ。

上司を説得して予算を取るのに1年近くかかり、その後1年以上をかけて計画・実施し、今やっとメディアへのリリースなどを考えているところである。

先日、テレビ局から翌日の放送で紹介したいという連絡が来た。

その日の昼、私が社員食堂で同じチームの女性・プリマ先輩とごはんを食べていると、隣のテーブルにミニピンとスタージュエリーさんが座った。
するとミニピンが、

「○○って、マスターするのにどれくらいかかる?」

と聞いてきた。○○というのは、私のチームで私しか使い方をマスターしていない、特殊な解析ソフトである。

「ミニピンさんなら30分」
「俺じゃねえ。俺の隣のお嬢さん」

…ああ、例の常務の娘。
隣の席ということは、今は彼女がミニピンのペットなのだろう。

彼女には困難だろう。解析のベースに使っている概念をある程度理解しないと、自分が何をやっているのかさえわからなくなる。
こんな会社に父親のコネで入るような子なら、ますますその辺の知識は望めないし、彼女の雰囲気ならマスターする意欲やハングリー精神も希薄だろうから、きっと時間がかかる。

「rendayaのとこに彼女を送り込むから、教えてやってほしいんだよね」
「……うーん…」

絶対嫌だ。
私の全身の血が逆流して、絶対嫌だとものすごい無言のエネルギーで叫んでいる。

まずミニピンと関わりたくないし、コネ入社の常務の娘なんて面倒見たくない。彼女自身に罪があるのかないのかわからないが、私はそんな甘ったれた女、無条件で大嫌いだ。そんな女を私に見せないで欲しい。

「本当はメーカーがやってる講習会に出れば一発ですが」
「そんな金はない」
「マスターはともかく、作業自体は2時間」
「わかった」

わかった、ということは、その方向で私のところに常務の娘をよこすつもりだろうか。
ダメだ。絶対私は発狂する。私の執念はたぶん恐ろしいのだ。私のそばに彼女をよこされたら、とり殺してしまうんじゃないかと自分が怖い。
親との縁も切ってひとりで孤独なのに、自分を抑えて感情をコントロールしつづけていると、怒りや憎しみが数千倍に増してしまうのだろうか。今の私は、本当に自分が怖いのだ。

こんな思いをさせられるのだから、やっぱり私は男運が悪いんだな、と裂かれるような胸の痛みをおぼえながらデスクに戻って4時間後、広報部からテレビ局の問い合わせの件で連絡が来た。
例の私のプロジェクトの結果の一部を、番組で使わせて欲しいと言う。快諾した。

私は恋愛が遠ざかるほどに、仕事がうまく行くのだ。たぶん。

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そして翌日、生番組の録画は家に帰ってからチェックすることにして残業していると、ミニピンがやってきた。

何かと思ったら、常務の娘にはじめからやらせる前に自分がマスターするつもりなのか、まず自分で操作を始めた。

不幸なことに、解析ソフトがインストールされた特殊なマシンは私の席のすぐ隣にある。私しか使えないので、近くに置いてもらっているのだ。

しかも、結局ミニピンも操作の仕方がわからないから、私がひととおり教えることになった。
ソフトの操作を教えるのは嫌だ。どうしても近くにいなければいけないから大嫌いだ。

正直なところ、私はもう、ミニピンの半径3メートル以内には近づきたくないのだ。隣の席すら無理。
憎むべき男だが、不幸なことに過去ずっと近くにいてしまったことがあるせいで、近づくと奴とのチャンネルはつながりやすい。気をつけても過去と同じ雰囲気になるので気分が悪くなる。感情的に複雑に絡むことになるので、だから近づいてはいけない。

気分の悪い1時間を過ごして、家に帰って録画したビデオをチェックしたら、放送されるはずの私のプロジェクトの話は、時間の関係で削られてしまっていた。

とてもがっかりし、呆然としながら思った。

やっぱり私は、下手に男を近づけない方がいいようだ。今は仕事に集中したいから特に。

ミニピンは、次は常務の娘を連れて作業をしにやってくるらしい。絶対に見たくない。気分が悪くなるどころか、私の周りに怒りの黒い霧が立ちこめてくるのではないかと思う。私の髪は蛇に変わり、私のオーラは炎に変わり、怒りと憎しみでたぶん二人に害をなしてしまうだろう…というのは極端にしても、私の感情は何か超常現象につながりそうで怖い。

二人が来たら、さっさとどこかへ逃げ去ろうと思う。4時間は帰って来るまい。
そうでないと、私は本当に、六条御息所になってしまう。魂が体から抜け、二人の首をしめるだろう。

20代も終盤を迎えて、私は六条御息所の心情がよく理解できるようになった。どんなに頭で理解していても、どうにも抑えることのできない恨みや怒りが確かにある。我が身を恐ろしく思っても、それはどうにもできない。

女の情念は年を取るほどに増していくんだろうか。昔はもう少し淡泊だったはずなのに、今はどろどろした何かを消去することができない。
源氏物語では、昔は雲居の雁や夕顔が好きだったが、今は六条御息所が好きかも知れない。彼女が自分の体についた護摩焚きの匂いでぞっとし、自らを恐ろしく思ったあのくだりは、そのまま私にもあてはまる。

私も、伊勢にでも下ってこの男から離れた方がいいのだ。見えなくなり、連絡も取れなくなり、生きているか死んでいるかもわからなくなるほど遠くに。六条御息所の選択は正しい。

その日、マシンの操作をしながらミニピンがこんなことを言いだした。

「こないだ、俺の家が大変でさ。マンションが火事騒ぎだったんだよ」
「ミニピンさんの家が燃えたんですか?」
「そうじゃないけど、うちのマンションにちょっと不安定な女性が住んでて、その人がぼや騒ぎを起こしたらしいんだよな。ほらほら見てみろよ、この写真」

そう言うと、私に携帯電話の写真を見せた。消防車が何台も道路の向こうから走ってきており、道ばたに野次馬がたくさん立っている写真だ。

「これ誰ですか?」
「うちのマンションの住人だよ。大騒ぎだったんだよ」
「ミニピンさんの家って、何かそういうことが多くないですか。私、今の家に3年住んでますけど、そんなこと1回もないですよ」
「まあ、前の家は空き巣に2回入られたしな」
「それ、玄関に鏡を置いた方がいいですよ。入った正面に」
「なんで?」
「魔をはらうために。悪いものをはね返した方がいいです」

…と、江原啓之が言っていたのだ。他人からの悪い想念や魔をはらうためには、玄関入って正面の壁に鏡を置いた方がいい、と。

と言ったところで、私はぞっとした。
これってもしかして、私の想念とかじゃないよね。私が生き霊として飛んでこういうトラブルをミニピンの元に引き寄せているんじゃないよね、と自問自答してみる。
鏡を置けと言った私自身が鏡ではね返される存在だとしたら恐ろしいが、私がもし悪事を働いているなら私を止めるためにも鏡を置いて欲しい。私をはね返してくれ。

背中がやや寒くなりながらも再び自分の仕事に集中し始めた時、またもや隣のマシンで作業をしていたミニピンが、

「なあ、ユタカ元気?」

と言いだした。ユタカとは、私の父だ。大嫌いな父。
ミニピンは会ったこともないくせに、私の父の話を聞いて妙な親近感を覚えたらしく、気に入ったようでよく私に父の消息を聞く。

確かに、父の性格や私への接し方はミニピンに酷似しているかも知れない。私に妻と母の役割を求め、身勝手な欲求やストレスを押しつけてくるくせに私自身への興味は全くなく、普段は自己を極端に抑圧し、毎晩酒を飲まずにはいられない。

数え上げるほどにミニピンと父はそっくりだ。そのことを私から聞く話だけで直感し、父のことを気に入ったのだとしたらミラクルだが、案外そうなのかもしれない。

「さあ。最近会ってないんでわからないですね」
「なんでだよ。年末帰ったんだろ」
「帰ってないので」
「ダメじゃん!」

ミニピンの反応はビビッドだった。まあそうだろう。こいつは自分の実家が大好きで、盆と正月はアホみたいに律儀にシマネに長期滞在する。だから、年末に家に帰らないなんて信じられないのだ。
こいつもうちの父と同じく、閉鎖的な地域・家庭に生まれた長男だから、親からの強い束縛の中で生きている。

「別にダメじゃないですよ。いろいろあって」
「豪雪?」
「まあ、それもありますけど」

こいつにあまり深い事情は言いたくない。この私の反応を見るだけで、穏やかでない理由で帰るのをやめたことくらい推測がつくはずだ。

「…ユタカに優しくしてやってよ」

ミニピンがぽつりと言った。私は仕事に没頭するふりをして、もう答えなかった。
もうこれ以上こいつと話したくない。

私に深入りするつもりがないのにこういうことを言っているのだから、無視してこういう発言があったことも忘れた方が得策だ。

いろいろ、めんどくさい。

こんなことがあった日の夜に、ビデオをチェックして、テレビで結局放映されなかったことを知ったので、何だかぐったりと疲れた。
ミニピンがそばに来ると、仕事でろくなことがないのかもしれない。

明日ミニピンが常務の娘を連れてやってきたら、私はもうどこかに去ってしばらくいなくなろうと思う。直通のPHSだけ持ってどこかへ去り、質問は内線電話だけで済ませるつもりだ。新しいプロジェクトの推進案を考えなさいと言われているから、それをどこかの部屋で考えていることにしよう。
ミニピンはもう操作はひととおり自分でできたはずだから、連絡がくることもないだろうと思う。

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今月の社内報が私のデスクに乗っている。

毎回、結婚した社員の名前と写真を紹介するコーナーがあるのだが、そこに、前に私を「東京の彼女」にしようとした関西人の同期の結婚式の写真が写っていた。

奴は大阪に薬剤師の彼女がいて、彼女から浮気防止の指輪を左手の薬指にはめられていながら、その指輪を外さずに私を口説いた最低のバカ野郎である。

関西配属を希望してその通りになり、明日大阪に戻るという晩に、別な飲み会に参加していた私のところにやってきて連れ出し、飲んで引き止めて、最後まで私の部屋に泊めてくれとバカのように繰り返しているのを山手線で振り切り、私の方から連絡を絶った。

結婚した相手はその時の彼女だろう。予想通りとてもかわいい顔をした女の子だった。大阪の彼女では自分のストレスを受け止めきれないので、東京での研修中、私に甘えたくて口説いていたのだろう。関西ではコミュニケーションを取りやすいキャラクターでも、東京のドライな雰囲気がなじめずに疎外感を感じていたらしい。
例の溺れ部長と同じく、こいつもまた「溺れる者」だった。

この関西男と連絡を絶った3ヶ月後に、ミニピンが私の教育係になった。エゴイスティックな男のバトンリレーが目の前で繰り広げられたに等しい。

以前の私は、自分を傷つける男ばかり近くに存在するという矛盾した状況を自分で自ら作り出していた。催眠療法に行ったり、父との関係を切ったりして、以前とは変わっていると信じたい。もう、ミニピンみたいな男は嫌だ。

とにかく転職して落ち着くまでは誰もいらない。今はお金の確保に労力を向けたい。

by rendaya | 2006-01-14 04:40 | 仕事がんばる

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