光射す

先日、希望退職制度のことを書いたが、考えた挙句、やはり希望退職制度に応募することにした。

希望退職、とは言うものの、部長から全員に面談があり、人によって、「残ってほしい」「どっちにする?」「あなたのポジションはもうありません」の3通りに分かれるらしい。

私の面談は、「できれば残ってほしい」という温かい面談だったので、残ることもできたのだが、よくよく考えてみると、私のやりたいことは、今ここでやっている仕事ではない。

異動の制度が凍結された今、望むキャリアをここで実現することは非常に難しい。

大嵐が幾晩も続き、揺れに揺れて沈みかけている船から、死ぬのも覚悟で荒海に飛び込み、島があるかもしれない方向へ向かって必死に泳ぐか、半分穴のあいた船に残って決死の思いで船の状態を立て直すべく粉骨砕身するか、の、二択。

失業率過去最悪の中で離職となり、転職活動をするのは非常にリスキーだが、虎穴に入らずんば虎児を得ず。私は結局、前者を選んだ。

毎晩悪夢を見たが、とにかくもうやりたい仕事に向かってバイトでも派遣でも構わないから頑張ってみよう、と思いつつ、覚悟を決めて、部長との二回目の面談の時に、やりたい仕事をやる方向で何としても頑張ろうと思っていることを伝えた。

すると部長から、思いがけない言葉が飛んできた。

「俺の飲み友達の会社が、ちょうど人が抜けて困っているよ。採用もやってるみたいだから、声をかけてみようか?」

びっくりしたが、聞いてみると、この道で知られた大手の会社だ。創業100年の大手。文句はない。むしろ、入れたらいいなぁと思っていたあこがれの会社だ。

早速言われるまま人事に電話し、エントリーし、必死で勉強して筆記試験を2回受け、面接を2回。これが瞬く間に、たった2週間の間で終わってしまい、あっという間に合格してしまった。

選考は非常に大変で、特にテストの勉強で週末中勉強する、ということが2回続いたが、なんとか通ることができた。あとは健康診断を受けて、条件提示を待つのみだが、今回の場合、年収は悪くても別に全く問題ない。

今月の初めから動き始めて、2週間でもう次の転職先が決まってしまった。話をつないでくれた部長はとても喜んでくれ、事情を話していた周囲の同僚も、あまりのスピード選考にびっくりしていた。

10/1から、私は早速次の会社に移ることになった。上司はおそらく、部長の飲み友達。一次面接で会ったら、今の会社にいそうな、年齢よりずっと若く見える、エネルギッシュな人だった。

まるで、荒海に飛び込もうと、船の甲板で懸命に精神統一をしていたら、あっという間に救助ヘリが来て、なわ梯子に一心につかまって半日歯を食いしばって耐えて、救い出された…というような感じ。

これで私は、異動前のキャリアよりもさらに1歩進む形で、専門職としての仕事をしっかり身につけられる環境に移れることになった。しかも前よりも、やれる仕事の質も規模も上がる。夢のような本当の話で、自分でも驚いている。

この1年、どこを見ても八方ふさがりで、なぜそういう状況になったのか、悩み苦しみ続けたが、その苦労が報われて、歯を食いしばって仕事をしている姿を評価してくれた部長からの紹介が縁で、あっという間に解決した。

その会社が採用を始めたのは最近だから、おそらく、去年異動したての時に動いても入ることはできなかっただろう。苦しみぬいた末のタイミングだったから、この縁をつなぐことができた。

不思議なこともいろいろあった。

部長との面談を控えた前日、夢を見た。夢の中で、私は困難にさらされて逃げまどうが、行く先々で、誰かがやってきて手を差し伸べてくれる。みんなが私の味方、という夢。

そして、新しい職場の最終面接の前の日の夢では、私の母方の祖母と、小さい頃に私をとてもかわいがってくれた祖母のお姉さんの二人が、昔のままの祖母の家にいて、帰ってきた私を笑顔で迎えてくれた。歓迎してくれて、お茶を飲ませてくれた。

両方とも、姑さんがその話を聞いて、いい兆候だろうと言った。姑の言ったとおり、やはり幸運がやってきた。

人生は不思議だ。仕事でここ1年は何もいいことがなかったのに、皆既日食から太陽が再び射すかのように、心配事が急に消えていった。

あとは、ここに残る仲間に少しでも迷惑をかけないよう、きれいに出て行くだけだ。

友人から、「連打屋ちゃんは時々、ものすごい運の引き寄せ方をするよね。結婚もそうだし、今回の転職もそう。」と言われた。

確かに、念じればかなうのかもしれない。ただそのために、とても長い時間、歯を食いしばる必要はあったが…

退職までは少し有給も使える。9月には、実家に戻ってしばらくゆっくりしようと思う。
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# by rendaya | 2009-08-29 23:42 | 近況

転機

女の人生の転機は3年周期ぐらいでやってくると言われたことがある。

結婚やら出産やら、ということだったのかもしれないが、私の場合それ以外の理由でやってきてしまった。

先週、週明けに全社の従業員が集められ、社長自ら、人事施策として何と、希望退職制度についての告知があった。

この不況で人材業界は大変なあおりを受け、そういったことも起こりえる状況ではあったが、思いのほか持ちこたえられなかったなという印象。

今年の春に、非正規雇用も含めて2000人いた従業員から、派遣社員500名を全員解雇し、まだ1カ月というところだ。それだけでは足りず、現在1500名に減ったところからさらに300名、全体の2割を削減しようという考えだ。

急成長して大きくなった会社である。実は2007年の1年間の中途入社者が約300人。1年間、採用を少なくしていれば済んだ話だった。調子に乗って、投資しすぎた、ということだったのかもしれないし、予想外の不況で持ちこたえられないということでもあるらしい。

希望退職で人員整理をすると同時に、社内異動の制度も当面凍結されることになった。現場で経験を積んでから、いずれ前の職場に戻る、ということを目的としていたが、これだけ経営が傾いた会社が、そうそう管理部門に異動を復活させるとも思いにくい。

業務自体は現状維持で、契約社員など給与を抑えられる人員でなんとかこなしていくということがやっとだろう。正社員の私が管理部門に戻ることは当面相当難しい。

私の場合、退職勧告などはおそらくされないとは思うが、もともと異動で意に沿わない仕事をしているところだったので、希望退職で比較的良い条件で抜けられるのはある意味、チャンスかもしれない。

とはいえ、次が簡単に見つかる時代でもないのだが、幸い結婚しているので地盤は落ち着いており、舅も姑も、私が毎日深夜残業を余儀なくされる状況は嫌がっている。

さらに、若旦那の家には細々ではあるが家業と呼べるものもあるので、当面そういうものを手伝いながら家にいることもできる状況である。

はて、どうするべきか。

私はなんとなく、そろそろ潮時かな、と思っている。

もし希望退職でやめるとすれば、退職日は9月末だ。割り増し退職金は月収の12カ月分。税金がかかるからだいぶひかれるだろうが、それでも1年ぐらいは食いつなげそうな気はする。

この8月で入社から3年が経つが、自分が全く面白みを感じられない仕事で、しかも激務で1年間を持ちこたえることになるとは思わなかった。

もし退職したとして、この先の未来は、まだよくわからない。勤めを続けていくイメージしか持っていなかったが、もしかしたらこのまま若旦那の家の家業を継ぐことも、あり得る。

この1年、自分の思っていない方向にばかり進んで、全く光が見えない、そして精神も体力を消耗させられる出来事ばかりだったが、これで終われるのかと思うと、ちょっとほっとする。

人生はあざなえる縄のごとし、で、いいことのなかった1年分が、その後何かの形で取り戻せるだろうか。

退職するとすれば、8月上旬から申し込みが始まる。もう少し考えて、結論を出す予定。
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# by rendaya | 2009-07-27 03:04 | 近況

おひさしぶりです

前の更新から、なんと1年弱もあいてしまった…
もう読んでいる方もいないかもしれませんけど、おひさしぶりです。

前回の更新から約1年、いろいろなことがありまして…。
今は少々自分を、見失っているところかもしれません。

でもおおむねのところで言うと、私生活のほうはいたって順調で、以前望んでいたことがまるごとそのまま実現している状況で、こちらはほぼ問題がありません。
問題は、仕事。

実は去年の10月に、全く予期していなかった現場部門への異動となり、これまでと全く異なる仕事(しかもほとんど興味が持てない仕事…)を余儀なくされております。

拘束時間も長く、朝の9:30の始業から、夜の22:30ぐらいまでの就業が日常。
お昼をゆっくり食べる時間もほとんどなく、デスクワークと個人客とのやりとりなどで一日があっという間に過ぎて行き、しかも営業成績を追うというものになりました。

休みは連休でも取れるのですが、土日ではなく日・月や、土・月というような休み方のこともあり、休みの日も会社から電話がかかってくる場合も多くて、仕事とプライベートの切り離しが難しいベタベタの状態。

さらに、毎月営業目標が課せられます。ただし、不況の影響で平均達成率は実は今、会社全体でも50%程度。半分しか達成できない目標を課せられていく状態です。

私の今の会社の事業が何かを知っている知り合いの方はイメージできると思いますが、人の人生を左右する仕事が営業目標を持っており、それを毎月毎月追っていく…なんて、結構ハードですよね。

おそらく異動になったのはいくつか理由があり、今の会社の業績が傾いてきていることから、管理部門で高年収のメンバーを現場部門に放出してコスト減を図るということと、スペシャリストとしての人材をそもそもさほど必要としないという社風であるという点がメインの理由かと思います。

直属の上司は部長に猛反対してくれたらしいのですが、会社の要請で仕方ないという部長の意見に押し切られ、せめて超朝早い法人営業部門ではなく、個人客の対応をする部門のほうに配属してほしいと依頼してくれたようです。

そのため、まだなんとか、ギリギリのところで最悪の激務部門は避けられたのですが、とはいえ自分が納得できない仕事で長時間拘束されるというのはつらいものがあり…。もともと自分が生業としていこうと思っていた仕事からも遠く離され、今は平たく言うと失意の状態かもしれません。

しかも折からの不況で業績は全くふるわず、しかも、管理部門での社内等級が上だったため、そのまま目標数値もベテラン並みに高く設定される始末。やってもやっても、成果は出ず。会社の業績も実は去年の半分に落ち込んでしまい、今年はおそらく赤字決算となります。そうなってくると、管理部門はますます削られるのでもう一度異動するというのも至難の業。

さてさて、こういうときはどうしたらいいものか…。

ところで、私生活は本当に順調です。去年の12月半ばに若旦那と入籍し、今は若旦那の実家の隣のアパートで生活するようになりました。

姑さんは私に非常によくしてくれて、毎日の激務も見かねて、毎朝私におにぎりを持たせてくれます。旦那も夜遅い私の仕事を気遣って、帰りに車で迎えに来てくれることも多いです。

休日は月に1回程度、私の弟が旦那と私の住んでいるアパートに遊びに来ます。旦那も旦那の両親も私の弟を親類として大事にしてくれて、私の両親と旦那の両親の間の関係も非常に良好です。びっくりするほどに。

…という、私生活と仕事との猛烈なアンバランスにさらされております。

将来の目標という意味では、姑さんがやっているさまざまな家の仕事を、40過ぎになったら引き継ぐという目標ができたのですが、その間の数年間が、今回の異動により全く中抜けのような、ぽかんとした状態になってしまいました。

嫌いな仕事で落ち込みがちになる自分をなんとか立て直して無理して頑張って9カ月、ときどき朝起きられないほど疲れ切ってしまって会社を休むこともあり、我ながら大変な状態…。仕事にやりがいを感じないというのは、これまでの会社員人生で初めてです。

年齢も33歳となり、安易に自分の人生の舵を切れない(今の仕事をそう簡単に捨てられない)段階に来ているというプレッシャーを感じつつ、とはいえ自分にはまだ何らかの可能性があるはずだし、とも思ったり。

現実の多忙さもあいまってしばらくこのページも見ていませんでしたが、久しぶりに読み返すと、自分の悩みが以前に比べて何歩か進歩していることを感じますね。

なんとか今の苦しい状態を解決するために、会社にときどき来てくれている産業カウンセラーさんと月に1回話して、なんとか壊れないようにとやっています。こういうときに私が専業主婦などになれたらいいんでしょうが、若旦那は自営業とは名ばかりの親がかりの身なので、そんなことはできません。

産業カウンセラーさんとの最近の話の中でよく出るのは、私は半分男性の既婚者が持つ悩みと同じ悩みを持っている、ということです。特に、婿入りした既婚男性(マスオさん)と同じ悩みだと。しかもたちの悪いことに、このマスオさん、仕事をするだけでなく子供を産むことまで役目の中に組み込まれており、家事のほとんどもこなさなくてはならない。

結婚とか異動とか、急な変化が重なるとなりやすいって言うし、いつうつになるかわからないかも…と思いつつ、毎月産業カウンセラーさんと話しているわけです。幸い、まだそういう症状は出ていません。

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ワークライフバランスという言葉があるのは、その人の人生の比重がワークにかかりすぎて、ワークがうまくいかなくなったときにつぶれないためとか。リスクを分散させておくという考え方らしい。

ワークがうまく行かないこんな時は、他のことに注意を向ければいいんだろうけど、それにしても仕事というのは、やっぱりこの先10年くらいはやらなきゃいけないことではあるし、どうしたものか、と思案したまま、日々を過ごしている。

早くすがすがしく仕事ができる状態に戻りたい。
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# by rendaya | 2009-06-28 21:40 | 近況

ミニピンの消息

最近、なぜか妙にミニピンのその後が気になっていたのだが、偶然、アメリ先輩と社内ですれ違ったときに、びっくりするようなことを言われた。

「あ、rendayaちゃん、ミニピンさんが退職するんだよ」

最初、ミニピンも転職かと思ってびっくりした。ミニピンはてっきり今の会社(私にとっては前の会社だが)の業種や仕事を根っから好きなのだろうと思っていたから、かなり意外な気がした。

しかし、その後アメリさんからメールが来て納得が行った。

ミニピンは実家の島根に帰り、お父さんの会社を継ぐのだそうである。

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そういえば5年も前に、そんな話を聞いたことがあった。
私が入社2年目、ミニピンが教育係になってから1年くらいたった頃だ。ある日、ミニピンが私を残業帰りに競馬場に連れて行き、帰りに大井町で自分の島根での幼なじみを呼び出し、なぜか3人で一緒に飲むことになった日だ。

ミニピンはなぜか幼なじみからあだなで「社長」と呼ばれており、不思議に思った私が幼なじみにたずねると、

「オレは社長の息子なんだよ」

と、ミニピン本人が言ったのだ。今勤めているメーカーと同じ業種の企業を経営しているということだった。ミニピンのお父さんの会社は、今勤めている会社から下請けで仕事を請け負っている取引先の一つだった。

「業種が一緒だし、うちの会社と付き合いもあるし、コネ入社だと思われると嫌だし、だからあまり会社のやつらには言ってないけどな」

と言い添えた。

「ふうん、そうなんですか」

と私が言うと、

「お前、他に言うことはないのか!」

「は?」

「実家に帰っちゃうんですかとか何とか! 帰らないでくださいとか!」

「でも…帰るかどうかは自由だし…」

「言え! "実家に帰るんですか?"って言え!」

「はあ……。ジッカニカエルンデスカ?」

「いや、帰らないけどね。俺、都会が好きなんだよ」

「そうなんですか」

…というやりとりがあったのが、5年前。あの時は、実家に帰るという話はなかったのだが、あの時まだ28歳だったミニピンも、今はもう33歳。心境の変化があったのかもしれないし、あの時、30過ぎたら考えようとか思っていたのかもしれない。

それにしても、ミニピンは都会が好きそうだったから、東京に多少は未練もあるのではないだろうか。

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私は今はもう転職して別の会社におり、ミニピンの姿はもう2年も見ていない。

スタージュエリー先輩が送っているらしき送別会の案内メールが、アメリ先輩から転送されてきたが、不参加にすることにした。私はミニピンにとっては初めて自分が教育係になって育てた後輩ということになるので、薄情な気もするが、もう会わないほうがいいと思った。

前の会社の同僚たちが集う送別会に行っても、裕福な家庭出身の人たちばかりでバブリーな雰囲気だし、今の私にはもうきっとあの雰囲気にはついていけない。

ミニピンは不思議な人だ。

会社の同僚たちとか、大学の同級生とか、派手で裕福な都会育ちの人たちの中にいるとき、ミニピンは派手好きで人を見下した、非情なキャラクターになる。

それが、島根の幼なじみと一緒に飲んだあの晩は、私の故郷によくいる人のように、素朴で穏やかな雰囲気になっていた。幼なじみの人は太っていて見た目は決して良くなかったし、いい企業に勤めているわけでもなくて、普段の彼なら見下した暴言のひとつも言いそうな人だったのに、終始優しい態度だった。幼なじみの人も、穏やかで素朴でいい人だった。

ミニピンとの縁を切ってしばらくした後、そのときのことを思い出して私は思った。

私は、都会にいるミニピンではなくて、島根のミニピンと合う人間なのだ。島根のミニピンは私をそばに置こうとした。でもここは東京で、私は東京のミニピンの理想には合わなかった。島根のミニピンは、寛容で辛抱強い私のキャラクターに落ち着きを感じていたようだが、東京のミニピンは、美人でもなくお嬢様でもなく、彼女にしたところでみんなにうらやましがられることもない地味な私が許せなかった。だからミニピンは、私に近づく一方で私を突き放した。

ミニピンともし島根で会っていたら、こんなこんがらがった関係にはならなかったような気もするが、場所が東京であるということは、縁がなかったということだ。それが、私とミニピンの関係なんだと結論を出した。

ミニピンのことを吐き気がするほど嫌いになったとか、二度と会いたくないと思うようになったわけではないけれど、そういう結論が出た人とは、今さら会わないほうがいいと思う。

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関係が膠着状態になって大変な思いをしていたときはこんな風に思えなかったが、今は、好きな都会を後にして田舎で家業を継ぐミニピンに、がんばってほしいと心から思う。

都会が好きだったとは思うが、島根に帰るほうが彼のためにはいいようにも思う。また素朴で穏やかなキャラクターに戻って、本当は繊細な自分を守ってくれるような人を見つけてほしい。

以前、ミニピンと一緒にいた頃、なぜか時々、「この人とはほんのひと時、時間と空間を共有しているだけのような気がする」という思いがよぎることがあった。その直感は正しかった。

やっぱり道の違う人だったのだ。

私は私で、今は若旦那と一緒に東京に住み続けることを考えている。本当に東京に根を下ろせるのか?と不安でならなかったあの頃とは全然違う状況になり、自分の道がおぼろげだけど見えてきた。

結婚が本決まりになってきたあたりに、ミニピンが本格的に遠ざかっていく。ダメ押しされてる感じ。

タイミングって面白い。
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# by rendaya | 2008-07-25 19:35 | ミニピン

帰郷

週末、若旦那を連れて実家に帰郷した。

父は終始テンション高く、にこやかに若旦那をもてなしてくれた。

父が、外で働いていない若旦那を一体どう捉えているのかはよくわからず、もしかしたら内心はこの結婚話を土台のあやしいままごとのような話だと思っているのかもしれないが、とはいえにこやかにもてなしてくれた。

おそらく、都会の裕福な家には若旦那のような境遇の人が普通に存在しうるものであり、多少の不安はあっても私が選んだ以上は快く嫁がせてみようと思っているのかもしれない。どうなるかわからないと思っていた長女が、いきなり思いのほかしっかりした家に嫁ぎそうなところも、面白そうだと思っているような気がする。

若旦那は社会で生き抜くということが少々あやうい点を除けば、性格的にはやさしくておっとりしているし、礼儀正しいし、うちの家族と人付き合いする上では特に問題ない。父の話は講釈めいて冗長で、娘の私も妹も、妻である母すらも辟易することがよくあるが、若旦那は自分に話しかけてくれるのがありがたいと言ってしきりに感謝していた。若旦那、なかなかうちの父と相性がいいかもしれない。

実家では、お茶を飲んでひとしきり休んだ後、うちの畑の作物を試しに収穫してきたらと言われ、若旦那に長靴をはかせて帽子をかぶせて畑に出した。きゅうりやじゃがいもを少しずつ収穫して家に戻り、汗をかいた若旦那にシャワーを貸して着替えさせた。

日ごろポテトチップが大好きな若旦那は楽しそうに畑でじゃがいもを掘り、

「こうやってできてるんだなあ、食べ物のありがたみを感じるなあ。ポテトチップ、今度から大事に食べよう…」

と素直に感動していた。帰った後、私の家でリラックスできたと話していた。

都会でしか暮らしたことがなく、旅行もほとんどしない若旦那が、田舎の私の家に連れてきて一体どんな反応をするのか心配だったが、この調子なら、うちの田舎ともうまくやっていけるかもしれない。

ちょっと安心した。
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# by rendaya | 2008-07-22 19:00 | ひとり暮らし

そんな初夏

若旦那と一緒に暮らし始めてから2ヶ月が経過した。

やはり一人暮らしをしたことのない人との生活は大変で、いろいろなことはあったが、一応順調に継続している。

今の部屋は1DKで私としては贅沢な部屋だと思っているのだが、若旦那にしてみたら狭い部屋にしか思えないらしく、最初は夜にこの部屋で寝られずに実家に帰って実家のベッドで寝るような日もあった。

今もお風呂だけはユニットバスでは耐えられないらしく、実家のお風呂で入浴している。

面白いことに進歩もあって、一緒に暮らすようになったことで前の若旦那とは違ってきたところもある。

外で働いていない若旦那は、平日は家で一人。起きるのが午後になったりしてとんでもない暮らしをしているので、なぜそんなに起きないのか聞いてみた。

すると、「昼間に何もやることがないのに起きていると罪悪感にさいなまれるから」という答え。

だったら仕事を与えればよい。

ということで、私は若旦那に洗濯を覚えてもらい、あらかじめランドリーボックスを2つ置いて乾燥機OKの洗濯物と乾燥機NGの洗濯物を分別しておき、乾燥機OKの洗濯物は若旦那に洗濯してもらうことにした。

もうひとつ、最近若旦那に与えた仕事は花の水やり。

去年付き合い始めたときに、若旦那にミニ盆栽の山もみじをあげたのだが、販売店の店員さえ「うまく水やりして冬越しすれば落葉しても翌春にまた葉っぱが出てきますが…結構難しいんですよね、これ」と言っていたものを、きちんと毎日忠実に水をあげ続け、日光に当てたり寒さをさけたりしながら、見事冬越しさせてしまったのだ。

一度紅葉して落葉したミニ盆栽の山もみじは、今再び緑の葉を茂らせている。

ミニ盆栽なので、貧弱な枝が二本生えているきりの盆栽。落葉して冬越ししたあと、片方は早々に芽を出したが、もう片方は一向に芽が出ない。私だったらとっくにもう片方を引っこ抜いて捨ててしまうところだが、「信じていれば芽が出ると思うんだ」と言って一生懸命水をあげて、芽が出てきたらとても嬉しそうにしていた。

今も毎日、夕飯のあとに「山もみじに水をあげてくる」と言って忠実に欠かさず水やりをしている。生きているものには責任感を感じるようだ。

どうやら若旦那は生き物に優しいらしい。だとすれば…ということで花の水やりを仕事として与えた。

もともとうちのベランダにあるゼラニウムの鉢植え3つと、朝顔の苗を買ってきて鉢植えにし、小学生の朝顔観察のように仕立てられた朝顔の鉢植え1つ、どんなに乾燥しても枯れなかった葉っぱが銀色のサボテン。

私が出勤のために家を出るときはまだ若旦那は寝ぼけているが、それでも頼んだことは帰るまでに忠実にこなしている(とはいえ、大した量の仕事でもないが…)。

まだ量は少ないが、これから長期的にどんどん仕事を増やし、若旦那の日中の活動量を増やしていくのがねらいだ。

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ところで、最近私は3年ぶりに実家に帰った。

結婚するかもしれない相手が出現したのでその報告のため、弟にもついてきてもらってしぶしぶ帰ったのだが、思いがけないことに実家の雰囲気が3年前と一変していた。

ここ数年険悪な雰囲気だった父親は今年の3月に定年退職し、別人のように穏やかな性格になっていた。

若旦那の家は300年の歴史の中でいろんなものを背負った家系になっていることや、一族の中にいくつか問題が存在すること、若旦那自身も現状は自立した人間とは言い切れないことなど、さまざまな懸念事項があることを誰に話そうかと悩んでいたが、穏やかな性格に戻った父は極めて理性的で、これらのことを父に話しておくことができた。

そういえば30年くらい前、私が幼児だった頃の父がこんな雰囲気だったな、と思い出した。理性的で穏やかで、明るかった。不思議だったが、父が言うには、退職して借金がすべて消え生活費の見通しが立ったことと、仕事のストレスがなくなったことで精神状態が落ち着いたのだそうだ。

3年前、私は絶縁状とでも言うべき手紙を送って音信不通になったのだが、その件についても父は、

「あのときお前が言ったことはその通りだったと思う」

と、当時の私が書いていたことを認めるようなことを言った。まるで別人のようだったが、理解できるような精神状態に戻ったのか、と思った。

3年前はまだ幼児だった姪っ子は小学校入学を間近に控えて少々大きくなり、私が帰省するたびに面倒に感じていた祖母とコミュニケーションがとれるような年齢になっていた。しかもエキセントリックな祖母に全く動じずに、楽しげに祖母の部屋に入って遊んでいる。

実家には、私との人間関係の中に父と祖母という二つの問題があったのだが、この二つが見事に消えた。

つまり私にとって、実家の問題は消えてしまったのだ。

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実家の問題が消えて、若旦那との生活が始まっているということは、きっと私はもう自分の生い立ちや実家との問題はこれで終わり、今度は他の家の問題に取り組むということなのだろう。

運命の輪がくるりと回った。そんな気がする。
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# by rendaya | 2008-06-17 21:21 | ひとり暮らし

準備

若旦那の実家の隣のマンションに、4月の中旬に引っ越すことになった。

今住んでいるアパートともあと数週間でお別れ。来月の今頃はもうここにはいない。

このアパートに住んでいる間、本当にいろんなことがあったなと思い返す。就職したばかりですぐにこのアパートに住んで、社会人のはじめの頃から今まで、いろんな悩みを抱えて奮闘して、我ながらよくやったなと思う。

最初は安月給と、きつい仕事との戦い。体が悲鳴を上げることが何度となくあり、肺炎になって入院したり、喘息になりかけて長く薬を飲んだり。めまいがして仕方ないときもあった。

次はミニピンとのトラブルと、慣れてきた仕事で忙殺される毎日。心身ともに消耗。月に1回はミニピンが登場する悪夢を見て、大変な思いをした。

最近は今の会社で、安月給からは抜け出したもののストレスフルな仕事に自分から飛び込み、持続力を試されているような日々が続いている。仕事で人にねたまれたり、妨害されたりすることも経験した。

これまで自分ひとりですべてを乗り切ってきたが、今度の住まいではもう一人ではなくなる。一生ひとりで暮らすのだろうと思っていたのだが、そうでなくなる日がやってくるのが不思議だ。

誰が助けの手を差し伸べてくれたのかは知らないが、若旦那は家ぐるみで私に親切にしてくれるし、徒歩5分圏内のアパートで引越し代も安く済むし、アパートを探す手間はなかったし、本当にラッキーだった。

目に見えない誰かが、ずっと一人でいる私を見るに見かねて、助けてくれたのだろうと思う。

その見えない誰かが、あるいは誰かたちが、一体私に何を期待しているのかは知らないが、私は彼らの守りを信じて、何か自分にしかできない価値あることの方へ進んでいこうと思う。それが何なのかはよくわからないのだが。

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私の役目のひとつは若旦那の育成なんじゃないか、と勝手に思っているのだが、先日若旦那がまたひとつ成長する大きな出来事があった。

若旦那はずっと、免許を取ってすぐに買った小型車に10年も乗り続けており、買い替えを渋っていたのだが、ある日ディーラーに新車の試乗に行くというので、私もついていった。

前から、買い換えるとしたら…という話でよく出ていた同じ小型車の最新モデルに試乗して、ディーラーの商談スペースに戻ったら、若旦那は

「今日もしこれでいい値段を出してもらえたら、即決して買ってしまおうと思う。値段の交渉、前は母親にやってもらったんだけど、今回は俺でうまくできるかな」

と言った。

また、私に、

「あの営業の人、どう思う?」

と聞かれた。なかなかクセのある営業だった。若手ではなく、若旦那より年上、中間管理職クラスといったところ。しかも物腰や服装で見ると、結構自分中心で、あまりお客様にサービスするタイプには見えない。ただし、相手の利益になるように有利に持っていければ、何とかなるような感じもした。

私はビジネス書で読んだ交渉の際に有利になる演出法のいくつかを若旦那に告げると、若旦那はその通りの物腰を作った。
営業がやってきて、若旦那は堂々と交渉を行った。多少はたどたどしかったが、普段に比べて自信に満ちた様子で、営業に怖気づかずに粘り強く。

10分ほど交渉した後、営業がバックヤードに戻って相談しに行き、その後15分ほどして、購入時期を今月中にするということで希望額で購入できることになった。

その間、私は一切口を挟まなかった。若旦那は自分ひとりで交渉を成立させることができたのだ。

これはどうやら、若旦那にとっては非常な自信になったらしい。

親の判断を仰がず、自分ひとりで大きな買い物をし、自分で実印を押していろんな書類を作って持っていった。もちろん私は書類を作成するときにそばにいたが、手出しはしなかった。

若旦那は満足そうだった。私がよくやったねと言うと、とても嬉しそうにしていた。

いつもはこういう達成感のある出来事があっても、親には「まだまだだ」と言われてほめられたことがないのだという。だが私には、若旦那が初めて自分を誇りに思えることをやれたこと、そのハードルを乗り越える時に居合わせられたことが嬉しかった。

どうも若旦那は、こういう機会を両親に奪われ、自分ひとりで活動することをやってこなかったために、自分に自信が持てていないらしい。

自分で車を買うことをきっかけに、保険やらなにやらのいろいろな手続きを自分ひとりでやってみているそうだ。普通の大人ならもう既にやっていることだが、若旦那の新鮮な反応が面白い。

自分が住む世界を自分の手で変えられる面白さに、やっと気づいたのかもしれない。

そうか、こうやって人は大きくなるのか、と妙に感心した。こういう自分の感情を見つめると、私はやはり根っから人を育てるという行為が好きらしい。
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# by rendaya | 2008-03-27 03:18 | ひとり暮らし

教育の日々

年始から、よくわからないのだが公私共に非常に忙しく、全く更新できなかった。

…家では、よく若旦那が来ているので、若旦那がいるところで更新ができず、そのまま滞るという日々を…新居に移ったら私はノートパソコンを持ち歩き、更新が頻繁にできるようにしようと思う。やっぱり、内観のためにはこれが一番いいのだ。

年始からはますます若旦那の家に行く機会も増えて、最近はもう、基本的に平日の晩御飯は全部若旦那のお母さんが作ってくれたものを食べている。

とてもおいしい。実家のご飯の数十倍おいしい。家庭料理に恵まれなかった私が、この年になってやっと家庭の味を食べさせてもらっている。

若旦那とは付き合い始めて4ヶ月が過ぎた。よく、3ヶ月目までがいい時期、と言うが、結婚が見えているとそうでもないなという気がする。

起伏があってはじめて楽しいという恋愛の場合は、3ヶ月目までの状態が確かに相手に対するそこそこの謎も残っていてハラハラ感がいいのかもしれないが、結婚相手の場合は相手の情報がわかればわかるほど今後の役に立つので3ヶ月目までのハラハラはなくなってくれて構わないし、むしろ長い時間一緒にいたほうがお互いの呼吸も合ってくるような気がする。

何回かお互いに対する議論を繰り返して、最近はようやく安心して一緒にいられるようになった。つい最近まで、若旦那が一体どのくらいの覚悟を持って今後を考えているのか、どれほど自分の未熟さが私に不安を与えるか自覚しているか、などについて私が疑問を持ち、問いただすという場面がよくあったのだが、最近は落ち着いている。

私と一緒にいるために最大限の努力をしなければならず、そのためには自立が必要になるという事実を若旦那は私が思っている以上に厳粛に受け止めているということがわかり、自分がそういう決意を私にあまり言わないことで私が不安を覚えることを知ってもらった上で、今後は折に触れて私が確認したら自分の将来のビジョンをちゃんと語るという約束をしてもらってやっと安心した。

次は、若旦那に根深く残るコンプレックスをどうにかするという段階に来ている。実質無職のままここまで来て、自分の将来はどうにもできないとあきらめていた今までの日々をすっきりリセットしてもらう。まして、自分がアホだなどというくだらない思い込みはすっぱり捨ててもらう。

若旦那の家は、徹底的に社会との接点がない。一般的な価値観、世の中の風からは、自分達の資産の壁で守られ、裕福な暮らしの中で社会の一般的なレールに乗るのに必要な情報からもネットワークからも隔絶されてきた。

まして、唯一の社会との接点であった若旦那のお父さんは、仙人のような人で飛びぬけて奇抜な考えの持ち主。そんな人の価値観に終始さらされ、それを正しいと思い込んできた若旦那には、考え方に大変なゆがみが生じている。

たとえば、「人生、運がすべて」とか、「お前(若旦那)はアホ」とか。気に入らないとすぐキレるというところも、お父さんからまねした悪い癖だ。

私はそういうものを矯正するためにこの家に天から派遣された人間なのではないかとすら思う。

最近は、若旦那に「学力は忍耐と集中力のたまもの。決して才能や運ではない。忍耐なくして他力本願ですべてを手に入れた人間が一番かっこ悪い」ということや、「人に怒っても何も生まれない。寛容に許すことで人が集まってくる」ということなどをとつとつと語っている。

正社員という道をあきらめかけているようなのだが、それも自分にはめた変な思い込みだから、本当はどうなりたいのかよく考えてごらん、君の人生は白紙みたいなものでどうにでもできる、と力説したり。

「許し」と「博愛」を教えるために、まだ見たことがないという「風の谷のナウシカ」を見せたり。

自分の周囲の小さな損得だけにこだわらない人間になって欲しい。守ることは必要だが、そういう損得にこだわるとスケールの小さいつまらない人間になってしまう。

たぶん、普通のカップルの姿ではないが、私が若旦那に自分の苦労人生をネタに成長してもらおうと一生懸命教育を続けている状態。

若旦那を見てつくづく思うが、自分の将来に変なキャップをはめず、どうなりたいかを素直に思い描いて前向きに努力できるって、とても貴重で、手に入れにくい能力なのかもしれない。そのための過程の苦労を楽しみながら乗り越えられるというのも。自分の状況を常に冷静に判断し、解決策を模索できるというのも。忍耐強く希望がかなうまで夢を捨てないというのも。

若旦那はまだ、ちゃんとがんばったことがない。目標に向かって努力したこともないうちから、俺には何もないといって嘆くなんて甘すぎると言ったばかり。

今後のテーマは「寛容・許しの心」と「目標に対する忍耐努力」の2本柱。

大変だけど、どうなるのか、今後が楽しみ。
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# by rendaya | 2008-02-18 03:20 | ひとり暮らし

あけましておめでとうございます

みなさま、あけましておめでとうございます。

旧年中はこのブログにお越しいただき、ありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。

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昨年12月は怒涛のように過ぎ去った。

昨年の夏に始めたプロジェクトの進行がアホみたいにスピードアップし、12月は連日残業続き。残業が続いて遅くに帰ろうとすると若旦那が車で迎えに来てくれてそのまま家に運搬してもらいご飯を食べて寝る、というサイクルの繰り返し。

休日は休日で倒れこんで寝ているか、起きている時間はジムに行くか若旦那とどこかに出かけているか、という状況のため、全くブログを更新する時間ができず…

疲労が極限までたまって、死ぬかと思った。人のために時間を割くというのは大変だ。特に向こうが仕事を特にしておらず、私ひとりがものすごく多忙というパターンはバランスが悪い。

そして年末年始。私が長期休暇に入った途端、若旦那はでっかいリュックにいろんなものを詰め込んでうちにやってきてしまった。

12/30から、私のワンルームに5連泊。

初の長期滞在でいろいろなことがわかった。

若旦那はまず、早起きができない。夜は明け方まで眠れなくて、眠れば昼過ぎまで寝っぱなし。

また、食べた後の片づけをすぐやるタイプでもない。食べたら3時間は食べ終わった食器をほったらかす。そのうちに、次の食事が来てしまうというのにだ。ゴミもすぐ捨てない。包装紙を開けたらゴミ箱に入れずに放っておく。

…なんというか、典型的な坊ちゃん育ちが明らかになってくる感じだった。

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早起きができないのは、早寝をできないからで、このことは思いのほか深刻な問題に感じられた。

本人の健康問題にもなるし、私の生活サイクルと合わなくなって、私の仕事がうまく行かない。

この件でこの年末年始、数時間話し合った。そこで最後には、若旦那は意地で8時起きをするようになったのだが、起きても何もすることが思いつかないといって、ぼんやり不機嫌にコーヒーを飲んでいるだけ。これにはびっくりした。

私には、早起きしてやることはいくつでも思いつく。

たとえば朝ごはんは作れないのかというと、若旦那は私のワンルームのアパートの一口しかないコンロと手狭な流しで料理はできないと言う。

私はこの台所でおせちも雑煮も作ってしまったのだが…。

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ということでいろいろと問題が表面化し、ささいなケンカなどをして年末年始休みが終わった。

不思議な感じだ。

ありきたりなケンカなどをできる身分になっていることや、家に誰かが連泊しているような状況になっていることに。これらは全部、前は私にとってすごく贅沢な夢だったのだから。

今年は一体どんな年になるのだろうか。

びっくりするような変化がこれ以上起こるのだろうか…若干、恐怖。
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# by rendaya | 2008-01-07 01:59 | ひとり暮らし

カチッという音

先日、若旦那の誕生日の前日に、私はいきなり若旦那に呼ばれて若旦那のお父さんに会うことになった。

地主の16代目の当主、ということになる。

花屋の店長さんから聞いている話では、仙人めいてやや人柄にクセのある人だということだが、確かにクセはあるもののにこやかで穏やかそうな人だった。

若旦那は私を「結婚を前提にお付き合いしている人」、とお父さんに紹介し、挨拶するとにこやかに歓迎された。

一昔前に終わった表現と思っていた「結婚前提」という表現が、まさか自分にここまできっちりした形で使われようとは思わなかったが、どうもそういうことになってきたらしい。

そのまま夕飯をごちそうになっていると、遠くのほうから視線を感じた。

振り向くと、隣の部屋においている私の仕事用のバッグとコートの間に猫が座って、私の方をまっすぐに見ていた。

若旦那の家には飼い猫が3匹いるのだが、1匹は病弱なおばあちゃん猫なので既に私を避けるようなことはなかったものの、他の2匹はどうも警戒して今まで姿を見せることもまれだった。

それが、その日に限っていつもは逃げているはずの猫が私の持ち物のそばに座ってこっちをまっすぐ見据えている。

(…観察されてるな…)

茶色と白のシマ猫だが、年齢は中年のおばさんくらいだそうだ。小太り。

気にせず食べてはいたが、20分くらい見られていた。

いつのまにか食べるほうに戻っていた頃、再度視線を感じて振り返ると、今度はさっきのシマ猫がいた位置に、全く同じような姿勢で今度は小さめのミケ猫が座ってこっちを見ている。

「うわっ、模様が変わった?」

と焦った私に若旦那が横から隣の部屋をのぞき、

「あっ、いつもは1階に降りてこないのに珍しいな」

と言った。どうもミケ猫は怖がりの性格で、日ごろは2階のお母さんの部屋から出てこないらしい。それがきちんと座って、私の方をじっと眺めていた。

(そうか、今日はこの家の猫も何かを感じ取って観察に来たに違いない)

いつも台所のテーブルでご飯をごちそうになっているのだが、これは家族の食卓だそうで、この場所で食事を取るのは家族扱いになるのを気づいたか、あるいはただならぬ雰囲気を察知して降りてきたか。

怖がりのはずのミケ猫は、そんな話が嘘みたいに、私の座っている椅子の下を歩いて台所に入り、自分のえさを食べていた。

「珍しいなー、この子が人前でエサを食べることは今までなかったんだよ」

と、若旦那は言っていた。

猫にも認めてもらったらしい。

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不思議だ。

若旦那と付き合ってまだまる2ヶ月しか経っていない。3ヶ月前は何も知らない赤の他人だ。

境遇も天と地に違う。およそ歩んできた人生が違う。

それなのに向こうも私も、この先一緒になることを普通に考えているし、それに対して違和感がない。

この慎重な私がなぜ結婚の重たい二文字をこの短期間で受容できているのか自分でも理解に苦しむが、考えても考えても断る理由がないし、今結婚できない理由もない。

精神的なものと物理的なものの両方の条件が全部そろってしまっている。マージャンで例えたら、最初の配牌で九連宝燈のリーチになって、最初の牌でいきなりツモった感じ。

一方的に私の方の条件がそろったというだけではなくて、向こうにとっても条件が合致しており、いわばお互いの強みと弱点のでこぼこがきっちりはまりあっている感じの状況。

最初の頃に既にはまりかけたジグソーパズルのピースは、少しずつお互いの状況を確認するにつれそのまま、カチッとはまってしまった。

最終的にどうなるかはわからないけど、でもこのまま行ったら、私は本当に嫁に行ってしまうかも。一生無理だと思っていたのに、こんなにもあっさりと、悩むこともなく、先方に嫌がられることもなく、むしろ強く相手に望まれてという想定外のシチュエーションで。

経済的な心配や、その後の生活の心配も少ない。在宅の夫だったら生活を支えてもらえるし、若旦那の個人収入は少ないとはいえ、実家は地主だから基本的な基盤はもうある。

…やばいな。こういうのはまずい。ちなみに、九連宝燈は、上がれば死ぬと言われる役なのだそうだ。

寄付でもしておかないと、何かが起こりそう。

これが今までの苦労に対する神様からの褒美なのか、それともこれから来るマイナスに備えるためのアメなのか、そこがわからないからなんだか怖い。

不幸が長すぎた人間は、突如訪れた幸運を手放しで信じることができないらしい。
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# by rendaya | 2007-12-03 02:48 | ひとり暮らし